過負荷「全ては白昼夢【エヴリデイドリーム】」
「お待ちしてましたぁ」
「アンタは…」
「まゆはまゆですよぉ 佐久間まゆ、です」
「アンタも過負荷の1人、みたいね」
「うふふ、察しが良くて何よりです」
「アタシは城ヶ崎美嘉!できれば…アンタとも戦いたくはないんだけど…」
「それは無理ですねぇ」
「そっか……じゃあ…」
美嘉の周囲に濃桃の魔法陣が展開される
美嘉のスキル、「圧倒的存在感【カリスマエスカレーション】」は、そのものズバリ自らの身体能力を上げるものだ。その力は単純だが心強い。
「強い偶像(ヒト)…まゆ、好きになっちゃいそうです」
「御生憎様、アタシはそっちのケは無いんだな」
言い終わると同時に美嘉の美脚は筋肉を充足させ、魔法陣を強力に蹴飛ばした。
その推進力は一瞬にしてまゆの眼前に辿り着かせる。濃桃の光の欠片が花弁のように舞い散る。
「入れッ!」
美嘉の右腕はまゆの美しい顔面を完全に捉えた、―ハズだった。
まゆは美嘉の視界には居なかった。空を切った拳はベクトルを背後にし、2回転した後に上手く着地した。
「何処な「後ろです♥」
その言葉通り背後を取るまゆ 顔と顔の距離は5cmにも満たない。
即座に美嘉はバックステップした。ーこの距離は拙(まず)いー
かんかんに熱した薬缶に触れた時のように神経と直感が先に反応したのだった。
「へぇ…さしづめ、アンタの過負荷は超高速移動、ってところかな!」
「まゆの愛は、そんな単純なものではないですよぉ」
言い終わるや否や、視界から消える。
「くっ……何処!」
次の瞬間、背中に鈍痛を覚える。やはり背後を取られた、そんなことを考える余裕はあるみたいだ。
「まゆ、貴女のこと、とっても好き……好きの気持ちが止まらないの……!!」
「ありがたいけど、その気持ちは行動に移して欲しいかな!!」
「?まゆはもうとっくに行動に示してますよぉ?」
「愛が歪みすぎだよ!」
カリスマエスカレーションを展開し、推進力をあげまたまゆの眼前に肉薄する。
「無駄です」
まゆは赤いリボンを幾重にも展開した。そのリボンは美嘉の身体を縛り上げ、全く身動きが取れなくなった。リボンに縛られているというより、寧ろ美嘉自身がリボンを拒んでいるかのような、そんな感覚がした。
「ぐっ……!……ヘヘ、そろそろ種明かし、してもりっても……いい…かな…!」
「……いいですよぉ、貴女といると、とっても楽しそうですし……
まゆの過負荷は「全ては白昼夢【エヴリデイドリーム】」、愛したものを遠ざける過負荷です。」
「愛したものを、 遠ざける…?」
「愛すれば愛するほど遠ざかってゆく……それってすごく切ないですよね 」
「ふーん……何言ってるかよく……わかんないかな…!アタシは…アイドルだし……!」
「アイドルだって愛するべき人がいるなら、愛するべきなんです……たとえそれがどんなに辛くて、切なくて、罪だとわかっていて、そして、際限なく愛おしくても……
でもまゆ、貴女のこともだぁいすきですよ……それはもう…愛(ころ)してあげたいぐらいに!!!」
地響きと共に周囲のレンガが一斉にまゆから離れてゆく。そして美嘉の上空へと密集した。
「「迷子の心の案内人【ラブ・デステニー】」… もう止められないの…!」
遥か上空から夥しい程の煉瓦が美嘉目掛けて落下していく。
「バッカじゃないの……!ぐっ……!「単なるメイク直し(エスカレート・エスカレーション)!」」
美嘉の周囲から濃桃の波動が放たれる。赤いリボンはちぎれ、煉瓦は粉々に砕けた。
「うふふ……素敵です…… やっぱりただの物体はただの物体……貴女のような強いアイドルには通用しませんね♥」
「アタシ、気立ってるから、その小憎たらしい笑顔をやめて……!」
「そんなこと言われると、より一層この心が貴女だけのものになっちゃいそうです♥」
背後からの声、気が立ち、ありとあらゆる感覚が研ぎ澄まされた美嘉でも、その一瞬を捉えることは出来なかった。その瞬間
「知ってますかぁ?私達が愛を育むこの地球は、とーっても丸いんですよぉ?」
「あんたまさかっ……!地球を1周している………!?」
またリボンが放たれ、縛り上げる。前よりも強く、美嘉の身体がリボンを反発する。
美嘉自身の強化と、まゆの能力の強化がかち合い、すべての負荷が美嘉の身体を容赦なく捻り潰す。
「ぐっ……がぁ……あっ………!!」
「うふふ、アイドルがそんな顔しちゃダメですよぉ♥……もーっと美しく、お化粧しなきゃダメみたい、ですね」
美嘉を縛るリボンを繋いだまゆは、その身体を美嘉から「離れ」させ始めた。犬の死体を引き摺るように、まゆはフィールドを超高速で移動する。美嘉の身体は地面との摩擦で削れ始めていた。
「うふふふふふふふふふふふふふふふふ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!まゆ、愛したのものとこんな風に離れずに済むなんて、とーーーーーーーっても幸せです♥♥♥♥♥」
何千キロも駆け巡った美嘉の身体は土埃に塗れボロボロであった。勿論満身創痍で話すことも困難である。
「貴女も…そうなんですね。まゆが愛した人は壊れてしまう。だから遠ざけるしかなかったんです。アイドルは本当は誰かひとりを愛してはいけないんです……まゆは悪い子です…まゆは…悪い子…悪い子………」
「そう…かな…」
「…………あら…?」
「アンタ……さ…アイドルになったからって、愛することを我慢してきたとか……思ってるかもしれないけどさ…アイドルって、そういうものじゃないんだよね… ファンを楽しませるために自分を磨いて…そのためならどんな努力だって惜しまない…。それさえできれば、もうそれはアイドルなんだよ…?」
「………まだ話せる余裕があるなんて…」
「アタシも、アンタも、トップを目指すアイドルでしょ…?アンタはそのモチベーションがアンタが言う、愛だった……違う?」
「…!!…貴女に何がわかるんですかぁ…?」
「図星、って顔してる。分かるよ!貴女は愛を追い求めて、求める手段にアイドルを選んだ、ってところかな。どんな愛、どんな理由があったか迄は分からないけど、あれほどの強い力、相当な愛への執着、だね!」
そういって美嘉は泥と血に塗れた顔を綻ばせてみせた。
「……たった数分出会ったばかりの貴女に…まゆのこの痛みをわかってもらう訳にはいきません。
…"城ヶ崎美嘉ちゃん"、まゆは貴女が嫌いです。まゆの愛を分かった気にならないでください。」
そう言うと先程とは比べ物にならないほどの量の赤いリボンがまゆの背後からの現れた。リボンはまゆから離れ、やがてひとつの所に固まってゆく。巨大な赤いリボンの塊が出来た。
「…"まゆ"、アタシはまゆのこと、結構好きかな!トップになりたいって強い気持ちがなきゃ、そこまで強くなれないもんね!」
「ッ!!!!!黙れェェェェェ!!!!!!!!」
その塊は巨大さ故に不気味なほど遅く見えるが、恐ろしいスピードで美嘉を目掛けた。
「愛は、まゆを遠ざけたりしない…」
魔法陣が展開される。極限まで大きい魔法陣だ。カリスマエスカレーションは、輝きたいと思ったその時により一層効力を発揮する。
美嘉はアイドルとしての輝きをまゆにも教えてやりたかった。まゆには愛する人を追うことも、それをアイドルとしての輝きに昇華させることも両方出来る、そのことを教えてやる必要があった。
だから、城ヶ崎美嘉は輝いた。
「「メイク直し【エスカレーション】」ッ!!!はぁぁぁぁ……!!」
濃桃はさらに強く色めく。
「光に満ち溢れた未来【グロリアス・グロウ】! !!」
美嘉の伸ばした右手から、濃桃の巨大な光線が放たれた。赤いリボンの塊と激しくぶつかり合う。美嘉が優勢である。リボンの塊は、落ちる時よりも速くまゆの元を目掛けてく。
「嘘ッ……!そんな……!まゆが……まゆがこんなにも感情を昂らせているのに……!遠ざかって……!!嫌ッ……!来ないで………来ないでェェェ!!!!!」
塊ごと美嘉のグロリアス・グロウはまゆを貫いた。
まゆはその場に倒れ込んでしまった。美嘉はその亡骸のような姿に歩み寄る。
「ねぇまゆ、アタシと一緒に戦わない?」
「………」
「アタシ達が手組んだらきっとサイキョーのユニット出来ちゃうよ★ 」
「………お断りします…
まゆには…まゆにはトップになることを捧げた人が居ます… その人を思うほどにまゆは強くなれるんです… でも……」
「でも?」
「美嘉ちゃんの言ったこと、まゆはきっと忘れません。愛を追いながら、ファンのみんなを楽しませるその力に変える。まゆは両方掴み取ってみせます。」
「うん!その意気、サイコー★」
「では、まゆはこれで…… 他の過負荷、貴女に耐えられるかしら……?」
まゆは美嘉を後にした。その離れゆく背中は能力によるものでなく、自分の意思で離れていく。
過負荷「全ては白昼夢【エヴリデイドリーム】」
完