過負荷「嘘吐きは偶像の始まり【メルヘンデビュー】」
「ナナで〜す☆」
「…」
「あ〜あ〜あ〜ちょっと引かないでください!ンン!」
「……」
「ナナは、ウサミン星からやってきたアイドル!安部菜々ですっ キャハッ☆」
「………」
「ちょっと〜!何か言ってくださいよ〜!」
「アンタ、何歳?」
「え、永遠の17歳ですっ☆」
「……そっか、じゃあ私帰るから」
「あ〜あ〜あ〜ちょっと待ってください!ンン!ナナはウサミン星…」
「それはもういいから」
「……」
「私は渋谷凛、アンタはナナさん、だよね。…… 嫌でも覚えちゃった。 アイドルとしては大成功ってところじゃない?」
「キャハッ☆ありがとうございま〜す!って!なんでさん付けなんですかぁ〜!」
「ねぇ、アンタってもしかして……」
「そう!ナナは何を隠そう!あの過負荷の一員で〜す!」
「ふーん、やっぱり…」
「凛ちゃんは、そうじゃないみたい、ですね」
凛はその一瞬漏れた殺気を逃すことなく知覚した。それは17歳では到底出すことの出来ないただものでは無い殺気であった。
「ちょっとぉ!ナナは17歳なんですぅ〜!」
「誰と話してるの…?」
「コホン!とにかく!ナナと凛ちゃんは敵同士!このウサミン!必ずや凛ちゃんを倒し、世界の平和を守っちゃいますよ〜!☆」
「へぇ、やる気なんだ……じゃあ」
凛の周囲には冷気が立ち込めた。凛のスキル「永久凍土に燃命【ネヴァー・セイ・ネヴァー】」は、分子の振動を衰退させる方向へ操るもの。凍らせることも出来るし、少し涼しくする程度にもできる。
「全力で……いくよ。-273℃の蒼【ブルーインフィニティ】ッッッッ!!!!!」
凛の右手から冷気の波動が放たれる。ナナと凛の間の空気は全て完全に分子の振動を辞めてしまった。
「……………キャハッ★」
菜々がブルーインフィニティに手をかざした瞬間、その蒼い波動は跡形もなく消滅した。一切の冷気も残さずに。
「……やっぱ、ただものじゃないね。」
「ナナはただのウサミン星のアイドルですよっ☆」
「そうだったら良かったんだけどッ!」
右手に唾を吐きかけた凛はその唾を凍らせ、巨大な氷塊を纏った。
その拳を振り上げ、菜々の元へ駆け抜ける。
「ッ!!!」
その拳は空を切った。氷塊の重みが凛の身体を投げ出した。
「ナナは負けません!★」
「なんでそんな所にッ………」
「ミンッ★」
「近いッ!?」
「キャハッ★」
身構えた凛に少しだけ触れ、いつもの決めポーズを凛の眼前で披露した。二人の間には無言の時間が流れる。菜々の身体がポーズの自重に耐えられなくなり震えだしている。
「キャ-!」
とうとう転んでしまった。凛が呆れて手を差し伸べ用とした刹那だったー
「!?ぐっ………!!あっ……ああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!!!!!!!!」
「見たか!これがウサミンパワー!です!キャハッ★」
「アンタッ………一体何をしたの…………!!」
「ナナの過負荷「嘘吐きは偶像の始まり【メルヘンデビュー】」は、触れたものの時間を操る能力ですっ★ ナナは凛ちゃんの右手の時間をちょ〜っといじくって、"タンパク質だった頃"に戻してあげたんですよっ★ちなみに神経の時間までは戻してませんから、痛覚が完全に晒された状態ですね」
風が吹く度、晒された痛覚が異常なまでに反応し、凛の身体を貫くほどの痛みが奔る。
「はぁ……はぁ……ぐっ……」
凛はもう一度唾を吐きかけようとしたが、右手に氷塊を纏うことに伴う痛みは想像に難くなかった。
「ウサミーン、ダーッシュ!」
菜々は縦横無尽にフィールドを走り回る。17歳を大きくオーバーした身体ではキツかったのか、直ぐにバテてしまった。
「ウサミンは17歳です!オーバーしてなんかいませーん!ゼェゼェ………」
凛はそれに突っ込む余裕すらなかった。時間を操る過負荷、その対策を痛みを忘れるためのように考えていた。
「ミンッ★」
また一瞬にして凛の元に近づく。
「ッ!?!?」
思わずバックステップをしてしまう。この痛みが増えることなど懲り懲りだ。
「ん〜?」
右手をピストルに象り、こめかみに当てる。
「バ-ン★」
「何ッ………?」
「キャハッ★ナナ分かっちゃいましたよ〜!ウサミン星との交信、もとい未来の自分との交信ですっ!」
「意味わかんないけど……じっとしてても始まらない……いくよッ!!」
凛は駆け出す。痛みは増すばかりだが、止まっていては戦えない。痛みにも耐え、強くアスファルトを蹴る。
上空を冷気で包み、一気に落下させる。強烈な冷気と突風が吹き荒れ、並の身体では耐えることは出来ない。
しかし。
「ミンッ★ナナは凛ちゃんが何をするか全てお見通しですよ〜!」
「後ろッ!?」
平手で凛の背中を叩く。その瞬間凛の身体は前方へと全力で逃げ出す。
「おっとぉー!失敗してしまいましたー!」
「……背中が冷たい……」
凛の制服の背中が掌を象り破けていた。
凛は熟考した。なぜ菜々が瞬間移動出来るのか、なぜ行動を読まれるのか、なぜフィールドを走り回ったのか。
その思考はひとつの束になってある地点へ収束する。
(ナナさん自身の時間を操っている……?)
「…ねぇ、ちょっと訊いてもいいかな」
「なんでしょう?」
「ナナさんには……どんな未来が見えてるの?」
「……」
「先刻こめかみに指をやったとき……あれは自分自身の脳の時間を操ったんだよね? その途端に私の動きを読めるようになった……」
言い終えた途端、凛は菜々に背を向けて駆け出した。菜々と凛の距離は互いに可視化の範疇にいるが、それは17歳であるはずの菜々が駆けるには僅かに厳しい距離でもあった。
「………やっぱり… ナナさんは瞬間移動して来ない……」
「……見破られちゃいましたか☆そうです!ナナは未来の方向へも時間を操ることが出来るんです!ウサミン星の発達した技術により…」
「もういいよ」
凛は再び冷気を纏う。
「もうあなたの技は見切ったッ……! 」
菜々の周囲を冷気の壁が塞ぐ。瞬間移動する間もなく、菜々を冷気で押しつぶす気だ。
「絶対零度の贈り物【トラスト・プレゼント】ッ!!!!! 凍り付けッッッ!!!!!」
強烈な冷気は菜々の元へ収束し、跡形も無く凍りついた。菜々自身もその全ての冷気の時間を操るまもなく凍り付くはずだったー。
「やった……!」
次の瞬間、凛の足元に突然巨大な穴が出現した。
「何ッ………!?」
「ウ-サミンッ!今のはさすがに危なかったですよー!ナナが"大地の時間ごと"戻してなかったら、飲み込まれるところでした!凛ちゃんが今落ちてるその穴の下には、グラグラに茹だった温泉があります!効果は〜えーと……歳をとると記憶力がですねぇ〜……
っと……もう聞こえてませんか……」
渋谷凛は、真っ逆さまに地の底へ墜ちて行く。
「嘘吐きは偶像の始まり【メルヘンデビュー】」前編
完